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宮崎地方裁判所延岡支部 昭和32年(わ)158号 判決

被告人 甲

主文

被告人を懲役二年六月以上五年以下に処する。

理由

被告人は少年であり昭和三二年二月一日より日向市美々津町上町海産物食料雑貨日用品等卸小売商吉本仙兵衛方に住み込み、店員として雇われ市内の注文取り配達集金等の仕事に従事していたものであるが、同年八月九日より一二日までお盆休暇で帰宅しその休暇の間を延岡、門川、富高等にて映画見物等にすごしたが、吉本商店の勤めが朝は六時三十分頃から夜は一〇時頃までで且つ休日もないので辛棒できずに同店に帰る気にもならず、所持金のあるにまかせて遊び廻り、同月一四日午後八時すぎ頃同市上町一丁目三八飲食店浮世こと畝原正雄方において焼酎二合位を飲み、同夜も吉本方に帰らずに午後一一時頃まで同店ですごし、門川に帰りかけたがすでに終列車もなく鉄道線路国道等を歩いて帰る途中疲労を覚え、同日午後一二時頃同市大字日知屋字梶木一四八九九黒木慶蔵方住家に接続した馬小屋内に入り叺の上に横になつているうち、吉本商店には帰りたくないし、店を辞めて家に帰つても左程田畑があるわけではないので家に居ることもできないしそれに父に怒られる等と考えて判断に迷い自暴自棄となり、同所で藁叺、魚網、布切れ等に点火すれば黒木慶蔵らの居住する同人所有の木造中二階建瓦葺住家建坪二十坪位一棟に燃え広がつてこれを焼燬するに至るべきことを認識しながらあえて所携のマツチ五本位を順次擦つて同小屋内の藁叺の端に点火し、さらにその附近にあつた魚網及び布切れを右の叺横に持つて来て右マツチでこれらにも点火し、この上に自動車用チューブをのせて火勢を強めたため、右草葺平家建木造馬小屋建坪一五坪位一棟に燃え移りさらに前記家屋に燃え拡がらせてこれを全焼せしめたものである。

(中略)

なお弁護人は本件犯行当時被告人は飲酒酩酊により心神喪失ないし耗弱の状態にあつた旨主張するもので案ずるに、なるほど第一回公判調書中頭がぼうつとなつていて何もわからなかつたとの被告人の供述記載があり、また宮崎県立富養園長矢野正敏作成の甲の精神状態鑑定書には、被告人の犯行当時の精神状態は病的酩酊による朦朧状態にあつたもので強度の心神耗弱にあつたとの記載があるが当裁判所は次の理由によつてこれらをにわかに信用しない。

即ちまず右鑑定の結果は被告人が鑑定人に対して犯行当時焼酎を五杯以上、ビールを六本飲んでいた旨申し述べたので、これを飲んだ場合と同程度の酒量に達せしめるように被告人焼酎七合を飲用させた上で出されたものであることがうかがえる。しかしながら松川義満の検察官並びに司法巡査に対する各供述調書、畝原正雄の司法巡査に対する供述調書、被告人の司法警察員並びに検察官に対する各供述調書によれば被告人は犯行当夜八時頃から一一時頃までの間に日向市飲食店浮世こと畝原正雄方において焼酎二合位を飲用したに過ぎないことが明らかであつてこれ以上の量を飲用した形跡はみとめられないのである。従つて本件被告人に対する前記鑑定の結果はその基礎において誤りがあるのでこれを採用できないことは明らかである。

次に前記被告人の供述記載であるが、却つて被告人の検察官に対する昭和三二年八月二四日付供述調書第四項の記載によれば、被告人が梶木の家に火をつけたときは左程酔つてはいなかつたし、又その日は別段気に入らぬ様なことはなかつた事実が認定されるし、被告人の犯行当時の模様も前掲四通の被告人の供述調書の記載によれば一貫しておることも考えあわせれば被告人が犯行当時決して心神喪失ないし耗弱の状態にあつたものとは認められないのであつてこれも措信できない、よつて弁護人の前記主張は当裁判所の採用しないところである。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 江藤盛 蓑田速夫 早川律三郎)

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